尾崎弘之ホームページANNEX   Field of View

中国のレアアース市場で本当に起きていること

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中国のレアアース採掘現場を訪ねる

 11月11日に終了したAPEC(アジア太平洋経済協力会議)閣僚会議では、加盟各国は新たに保護主義的な行動を取らないとする声明文が採択された。この声明文が中国のレアアース輸出規制を念頭に置いていることは明らかである。

 中国と先進国との経済摩擦の象徴となったレアアース問題。私は運良く先週、中国で開催されたレアアースの産官学フォーラムに出席することができた。同時に、地元企業のレアアース精錬工場も見学して、現場の生の情報を得ることができた。この特別レポートで日本の報道とかなり違ったレアアース市場の現状を報告する。

 フォーラムへの出席は、尖閣沖衝突事故及び中国政府「レアアース輸出禁止」の何カ月も前から決まっていた。ただ、日中関係緊迫後、果たして予定通り中国を訪問できるのだろうかと心配し、何度も主催者に確認する羽目になった。ただ、予定通りフォーラムに参加できたのはラッキーだった。

 私が出席した会議は、「中国南方海西希土(レアアース)フォーラム」と「第2回日中新エネルギー新材料・部品技術交流会」である。主催は中国福建省龍岩市対外貿易経済合作局で、東京に事務局がある日中自動車交流協会が後援を務めている。

レアアース工場団地を建設中の福建省龍岩市

 11月7日に成田空港を出発し、福建省の廈門市(アモイ)に向かった。アモイは人口約250万人の美しい港湾都市で、アヘン戦争の時は欧州列強諸国の租界地となった。アモイからバスに約2時間揺られて、龍岩市に到着した。龍岩市はアモイと違って鉱物資源以外に取り立てて産業がない内陸の地方都市である。レアアースの採掘が可能な場所は中国全土に広く点在しているが、龍岩市はレアアースが主要産業という点でユニークである。

 到着翌日からフォーラムが始まり、中国側はレアアース関係の産官学の主立った人々が集結している。日本側は大学関係者、大手自動車メーカーの技術者、大手商社社員などで、お互い熱心な議論が展開された。レアアースがこれだけホットな話題となっている時期に、中国の関連フォーラムに日本人が10数人も参加することはおそらく異例だが、日中自動車交流協会の渡部陽理事長(元いすゞ自動車取締役)のご尽力の賜だろう。

 フォーラム参加以外に、我々は「龍岩市レアアース工場団地」建設予定地を視察した。工場団地は採掘地からほど近い山を切り拓いて、10平方kmの用地が整備されている。レアアース専門の工場団地としては、おそらく中国最大である。ここに、多くの中国企業と外国企業が誘致されている。現地政府関係者によると、日本の大手化学・素材メーカーのなかに、進出を真剣に検討している企業が複数ある。

なかなか技術レベルが高い現地企業

 また、世界で唯一、15種類のレアアース分離生産に成功したアモイタングステン社グループの工場を訪問し、鉱物の分離、精錬、加工ラインの一部を見学した。工場内の写真撮影は厳禁だったが、積極的に日本企業に投資して欲しいという熱意が伝わってくる。このような「政冷経熱」は、今回多くの場面で感じた。

 アモイタングステン社を訪問して印象的だったことが二点ある。ひとつは、レアアースの分離・精錬工程の技術水準が予想したより高いことである。「コストが安いことが売り物」という中国産レアアースのイメージとはかなり違う。同行した日本メーカー技術者達の評価も悪くなかった。

 二番目に気が付いたことは、環境対策の設備がきちっと整っていることである。レアアース採掘に伴って有害廃棄物が生じることが多いが、汚染物処理対策を十分に講じていないことが、中国産レアアースの米国産や豪州産と比較した「価格競争力」とされてきた。ところが、小規模な施設でも、数億円かけて廃棄物の処理設備を建設するなど、状況は変化している。元々、中国のレアアース汚染禁止規制は厳しかったのだが、今まで遵守する企業が少なかっただけのようだ。ところが、規制の運用が変わり、いい加減な企業は生産できなくなっている。

 今回の訪問を通して私が感じたレアアースの「本当の現状」として、①輸出規制の複雑な背景、②外国企業へのメリット提供策、③生物多様性問題と共通するレアアース問題の本質の三点を紹介したい。

レアアース輸出規制の複雑な背景

 尖閣沖衝突事故の直後にニューヨーク・タイムズ紙が中国政府によるレアアース輸出禁止措置を報道したためレアアース問題は、外交カードとしての中国政府の強硬措置という印象が一般的には強い。ただ、輸出規制は数年かけて準備されてきたものである。8月30日の拙コラム「中国のレアアース輸出規制に見る『資源ナショナリズム外交』への対処法」でも述べたとおり、今年のレアース輸出高を昨年比4割削減することを中国政府は既に発表している。たまたま尖閣沖衝突事故と時期が重なった面がある。

 輸出規制には、数年前まで国際的に大して注目されていなかったレアアースの戦略的価値をうまく利用しようという意図が確かにあるが、同時に中国国内対策の意味もあることが、日本商社などの話から分かった。

 中国人は起業家精神旺盛で、儲かりそうな市場が形成されれば、雨後の筍のように新しい企業が出現する。レアアースだけでなく、EVや太陽電池もその典型例である。新興企業が多数勃興することは市場を活性化させるメリットがあるのだが、反面、素材の買占め、売り惜しみによる価格高騰、ルール違反をする企業を管理できないというマイナスの面もある。この結果、環境汚染対策を十分に行わない企業、質が低い製品を低価格で販売する企業が増えている。日本企業は質が悪い製品は買わないが、中国国内では売れるケースがあるので、始末が悪い。

 中国政府は悪質な中小企業を取り締まり、少数の大企業に事業を集約させたいと考えている。集約の方法は、政府が徴収する輸出ライセンス料の値上げで零細企業を排除することと、各企業への輸出枠の割り当てである。輸出規制でレアアース全体の輸出高(トン数)は当然減少しているのだが、輸出企業は輸出実績を積まなければライセンスを維持できない。したがって、ネオジウムやディスプロジウムのように値段が高い素材を優先的に輸出しようとする。この結果、セリウムのように値段が低い素材は特に調達が困難という複雑な状況が発生している。

外国企業へのメリット提供策

 従来、レアアースは精錬されたパウダーなどの状態で日本に輸出されてきたが、これでは付加価値の低い素材輸出に偏り、中国国内に技術が滞留しない。したがって、同じレアアースでも、精錬しただけの金属であれば輸出枠の対象となるが、永久磁石や水素吸蔵合金のような「加工物」であれば、輸出枠の対象とならないという措置を中国政府は取っている。同時に、外国企業が中国国内で工場や研究所を設置して、製品や半製品を作ることを中国政府は奨励しており、龍岩市のレアアース工場団地もその例である。

 ただ、中国に高付加価値製品の工場を建設して、単に技術を盗まれて終わったという苦い経験をした日本企業は少なくない。この点、中国政府も配慮している。福建省政府関係者によると、外国企業がレアアースを使ったハイテク製品を生産する工場を作る場合、外国企業の「独資」(外国企業の100%子会社)を認める方針だと言う。中国政府は、産業によって中国企業と外国企業の合弁企業設立の資本ルールを細かく定めているが、独資を認められるのであれば、日本企業にとってもメリットがある。

 日中自動車交流協会によると、中国のガソリン車産業では、完成品の組み立てメーカーは合資(中国企業と外国企業の合弁)でなければならないが、部品メーカーは独資が認められている。日本の自動車メーカーにとって、本当に守りたい技術は組み立て工程でなく、部品製造技術である。中国も外国メーカーの部品技術は欲しいが、あまりうるさいことを言っては外国企業の中国進出が止まってしまうので、妥協している。

 ただ、9月27日の拙コラム「『レアアース輸出禁止』で損をするのはむしろ中国である」で書いたように、中国政府はEVの基幹部品生産については、中国企業が過半数の株式を持つ合資しか認めない方針であることを発表している。この姿勢は、レアアースに関する外国企業誘致方針と整合性がない。したがって、日本企業も状況を見ながら慎重に進出を検討するということになる。

生物多様性問題と共通するレアアース問題の本質

 アモイ訪問で最後に感じたことは、レアアース輸出規制問題の本質は「知的財産(知財)問題」だということである。この構造は、実は10月に名古屋でCOP10が開催された生物多様性問題と同じである。

 生物多様性問題は、密林、農地開発のマイナスの影響を修復するコストを誰が負担するかという問題とともに、「生物資源を使って開発される付加価値が高い製品から得られる利益配分の問題」でもある。

 先進国で製造販売されている医薬品の多くは、途上国で採取された植物や土壌内の細菌を原料としている。レアアースと同様、原料だけでは殆ど価値がない植物や細菌が、先端技術によって年間数千億円もの売上の医薬品に「化ける」のである。生物多様性問題の経済的議論のひとつは、その莫大な売上の一部を、生物資源を持つ途上国に還元するべきという要求である。レアアース問題と構造は全く一緒である。

 レアアース、生物資源の生産国の要求は、一応理に適っている。ただ、途上国側の主張に欠けているのは、特許、ノウハウなどの知財の取り扱いである。ただの石ころや植物から付加価値が高い医薬品やEVを開発するために、膨大な研究開発投資が行われている。先進国では、その労力を保護するために、知財制度を整備している。

 先進国が途上国に鉱物や生物資源の採取に、今までより高い価格を払うのは不可避であるが、先進国も粘り強く「知財の意味」を主張しなければならない。大航海時代まで遡って資源利用料を払えなどという要求は、研究開発コストが無視されているので論外である。途上国が利益分配の要求をするのであれば、彼等も国内の知財制度を整備しないとフェアではない。「コピー品が横行しているのは、せいぜい中国だけだ」と侮ってはいけない。アジア諸国は言うに及ばず、経済成長著しい中東やアフリカも近い将来、知財問題で先進国を悩ませる市場になるだろう。

 原油、天然ガス、ベースメタル(銅、鉛、亜鉛、アルミなど)、食糧、水のように素材としての価値が分かっている資源と異なり、レアアース、生物資源は、付加価値が高い製品が開発されるまで、利用価値がよく分からない。言い換えると、儲かる先端製品を開発できたと喜んでいると、ある日突然、見知らぬ国の政府から高額の請求書が送られてくる時代に突入したということだ。この傾向は、今後対象素材が拡大されると見て間違いない。

高機能製品が儲かるとは限らない

 日本企業はどのような対策を立てれば良いのか?レアアース問題対策がモデルケースとなる。対策は、資源採取国の分散、原料の多様化、製品スペックの見直しである。製品スペックの見直しとは、「希少資源を使って高機能製品を作ることは無条件に良い」という「常識」の再検討である。例えば、EV用モーターは、レアアースを使わなければならない永久磁石を使うべきというコンセンサスは見直しが必要になる。

 製品の部品に使われている機能向上をとことん追求しても、そのことが、製品が消費者に与える価値を大きくするとは限らない。何故なら、消費者は必ずしも高機能製品を求めているとは限らないからである。そのことは、高機能製品が必ずしも企業利益向上に結び付かないことを意味する。


11月15日、ウォールストリートジャーナル日本語版Reprinted with permission of The Wall Street Journal, Japan. Copyright © 2010 Dow Jones & Company, Inc. All Rights Reserved Worldwide